復興へ民間投資じわり=被災地への効果は「限定的」【震災2年】
これに併せ、関連部品メーカー6社も進出。
津波や東京電力福島第1原発事故で直接被害を受けた沿岸地域への波及効果は限定的で、被災者の雇用に役立つような企業誘致にはまだ時間がかかる(宮城県産業立地推進課)のが現実だ。
13年4月に稼働する予定で、1年以内に約80人体制を整える。
トヨタは、東北地域に拠点を持つグループ3社を統合しトヨタ自動車東日本(宮城県大衡村)を2012年7月に発足させた。 製造業以外では、たこ焼きチェーン築地銀だこを展開するホットランドが、11年12月に本社を群馬県桐生市から宮城県石巻市に移転した。 雇用促進など経済再生の一翼を担っているのは確かだが、企業進出の中心は各県の内陸部。
営業運転は14年10月の予定で、設備投資額は約83億円に上る。 またインターネット通販大手アマゾンジャパン(東京)が12年2月に仙台市にコールセンターを、NTTデータが12年1月に石巻市に事務センターをそれぞれ開設している。統合新会社を東海、九州に次ぐ国内第3の生産拠点と位置付け、宮城県大和町に建設した新工場で小型車向けエンジンの生産を12月に開始した。
トヨタ自動車や大王製紙、航空機器のジャムコ、ランドセルの羅羅屋(埼玉県川口市)といったメーカーが相次いで新工場を建設。 ただ、原発事故の影響で操業が止まった福島県の被災工場では、再開・廃止の判断を保留する企業が依然多い。同社はより地元に根を下ろした復興支援をしたいからだと移転の理由を説明、本社で既に100人以上を採用したほか、石巻市周辺に築地銀だこ10店舗をオープンさせた。 ジャムコは、宮城県名取市に航空機エンジン向け部品などの工場を新設した。当初は11年4月に着工する計画だったが、震災により一時凍結していた。浪江町に福島工場があるエスエス製薬(東京)、富岡町と楢葉町に生産拠点を持つTOTOの両社はともに(工場の存廃は)一企業では決められないとして、立地地域に対する国の規制や復興支援などを注視している。
羅羅屋は12年8月、福島県会津若松市で新工場を稼働させた。
福島県の担当者は求人数は確実に増えている(企業立地課)と、企業進出の動きを歓迎している。
推薦入試「多様性高めたい」=高校時代の活動評価−東京大学長
同相は東京大の試みを評価した上で、他大学にも波及するよう期待を示したという。 東京大の浜田純一学長は15日、下村博文文部科学相との面会後、同省内で記者団の取材に応じ、2016年度から導入する推薦入試について、学生の多様性を高めたいというのが大きなポイント。
高校時代にどういう活動をしたか、どういう実績を上げたか、そういうものを含めて学力と述べた。
今後は推薦入試枠の拡大に加え、合格者の大半を占める前期日程の改革も進める考えを示した。 今回の入試改革について、浜田学長は新しいチャレンジをすると下村文科相に報告。
「北朝鮮は変な国」=グーグル会長娘がブログに
あの人たちはまるで人形と語り、北朝鮮当局の厳しい監視下に置かれているとみられる不自然な雰囲気を暴露した。ティーンエージャーらしい表現で、自由な言動の許されない北朝鮮の様子を伝えている。 さらに、(当局は)わたしたちが(日常の様子だと)真に受けたと思っているのかしら。視察が終わったら、セットを全部片付けて帰宅したのかもしれないと皮肉った。
先に北朝鮮を訪問したインターネット検索最大手グーグルのシュミット会長に同行した娘のソフィーさん(19)が、平壌での体験をブログで率直につづった。 こんなに変なところは他にないかも。 シュミット氏ら一行が訪れた金日成総合大学の電子図書館の様子について、ソフィーさんはスクロールしたりクリックしたりしている人が何人かいたけれど、ほとんどはただ画面を見ているだけ。
トップページに連絡先表示を=ネット選挙解禁で与野党指針案
ガイドライン案では、解禁で懸念される誹謗中傷への対応として、電子メールアドレスなど連絡先情報をサイトのトップページに分かりやすく表示すると規定。誹謗(ひぼう)中傷対策として、ウェブサイトのトップページに連絡先を表示するよう求めたほか、メールの活用は政党と候補者に限定。 衆院での審議で焦点となったメール送信の取り扱いでは、一般有権者は政党や候補者から送られた電子メールを転送することはできないと明記。与野党の実務者は成立までにガイドラインをまとめる方針だ。ウェブサイトや電子メールに添付されたマニフェスト(政権公約)やビラなどを印刷し、頒布する行為は公選法違反とした。 ネット選挙を解禁するための公職選挙法改正案は12日の衆院本会議で可決され、参院審議を経て月内にも成立する見通し。
「東京ローズ」ゆかりの店に幕=人柄しのび、惜しむ声も-米
関係者によると、閉店する戸栗商事社はアイバさんが父から事業を引き継ぎ、現在親族が経営している。 日系2世のアイバさんは1941年、親類を見舞うために来日。そのゆかりの場所だけに、生前に交流があった人からは惜しむ声が上がっている。アイバさんは日米のはざまで波瀾(はらん)万丈の生涯を送り、2006年に他界。戦後、米国に戻ったが、国家反逆罪で6年以上服役し、長年にわたり反逆者扱いを受けた。 第2次大戦中に対米宣伝放送に携わり、東京ローズと呼ばれた故アイバ・戸栗・ダキノさんが、米シカゴで切り盛りしていた日本雑貨店戸栗商事社が1月に閉店することが関係者の話で分かった。
